福山和人

福山和人

ふくふく家族

第3回残り物には

夫と私はだいたい七つ違い、彼が早生まれなので学年は八つ違う。
出会ったときは私が二十三、彼は三十、その晩のうちに三十一になった。
というのも、出会ったのが三月四日の夕方からのカラオケパーティで、日付けが変わって三月五日が彼の誕生日だったからだ。
1992年の三月。ちなみに三月五日は京都宇治に所縁のある戦前の代議士「山宣」の命日だ。
夫も宇治で育ったが、夫が山宣の生まれかわりだとは夫が勝手に言っていることだ。

この、大学の司法試験受験生グループの遅すぎる「新年会」がカラオケ大会だった。
当時同じく卒業後も大学で司法試験受験生をしていた私の兄が、何の気もなく同じ市内の大学生の私を誘ってくれたのだ。ちなみにこの兄も今、同じ京都法律事務所で夫と机を並べて仕事をしている。
出会ってすぐ、まだ夫と話す前に私はピピっときた。
「この人はもしつきあったらきっと結婚する人だ」と思った。
夫の方はそうでもなかったらしい。年が離れているので「俺には関係ないや」と思っていたと後で聞いた。
私も彼が年が上だから、あまりまともに相手にもされないだろうという変な安心感から、大胆にデートに誘ったり手紙で進路の悩みを打ち明けたりしていた。デートに誘うとはぐらかされたけれど、彼に出会う直前に失恋してサバサバしていた私はもう失うものなどなく、とにかく好きに云いたいこと云い、伝えたいことを伝えていた。
途中で彼が改まって「付き合ってくれ」と言ったので「いいの?」と聞くと「いい」ということだった。それから正式にお付き合いが始まったが一週間後にはお互い結婚することを前提に将来のことをいろいろ語り合っていた。

そして翌1993年の二月末に家族で小さな手づくり結婚式を挙げた。
半年後には友達が実行委員形式で結婚パーティを開いてくれた。このパーティは盛況でとても楽しいものだった。
彼が顔が広くて人望があるのがよくわかった。そのとき彼の友達が全国から駆けつけてくれ、口々に「福山!やっと結婚したか!次は司法試験やな!」と言い、彼の結婚を自分のことのように待ちわびていてくれたようだった。試験の方は1999年の秋まで合格はお預けとなった。

私は彼のような逸材が三十過ぎるまで残っていたことが不思議だった。
身内を卑下する日本文化に馴染まないかもしれないが私は彼のことはバカみたいに誉める。
自分の好きになった人のことはよく言いたい。
彼は私には嘘みたいに素敵な人で、全くこれは「残り物には福山和人があったパターン」だ。よくぞ残っていてくれた。
私の直感は当たっていて、私は彼と結婚して本当によかったと思っている。

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