福山和人

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ふくふく家族

第9回新婚生活の思い出その2

もう長くないんだろうか。最近やたら昔のことを思い出す。
星新一のショートSFは「地球最後の日」だったか。
朝から地球がその誕生からの記憶をたどる。恐竜が出てきたり。
なんでも、人は最期のときそれまでの人生の記憶が走馬灯のように甦ってくるんだとか。
何とかして生き残る術がないか記憶の中から役に立つことを探そうとするとかしないとか。これは前置き。

昔のことを思い出すのは単に私が歳を重ねてちょっと昔が懐かしいだけで、何も私がピンチに瀕していてそこから抜け出す術を何とか編み出そうとしているとか、もはや最期のときを迎えているというわけではない…かもしれない。
関係ないと思いたい。
新婚の思い出は生協の鮮魚コーナー。
酒飲みの夫を喜ばそうと珍しいモノを買った。
白魚の稚魚の活け作り。
小さいトレーに透き通ったメダカみたいなのがちょんもり入っていた。
タイムサービスしていた。
活け作りなんて食べたことない、近くで見たこともない。
活け作りといってももう夕方だったのでトレーの高級そうなメダカたちは動くこともなく何となく珍味の余韻を漂わせながら静かに固まっていた。
なぜか、ただ一匹が元気にトレーの中の水の中をテロテロ泳いでいた。
活け作りなんて何だか酒飲みが喜びそうだ。
底無しの酒飲み。美味しいものが大好き。
カラもデカく、豪快な夫が「うひょっひょひょっ」と目を細めながら、その珍味を口に運ぶ様子を想像した。
帰宅した夫に「今日は珍しいもんがあるで。活け作り!」と言うと果たして彼は目を見張り「え?」と後ろに退いた。

「俺にそれを食えと?」
「え?食べへんの」
「え、だって泳いどるやん」
「うん」
「どうするの?」
「どうしよ」

しばらく互いの顔とトレーで一匹テロテロ泳いでいる透き通ったメダカを見比べた。
意外にも酒豪は魚の踊り食いの趣味はなかったようで、彼も私も、健気に泳いでいるこの子を食べることなど出来ずしばらくこの一匹をトレーで飼った。
あとのすでにお亡くなりになっていた子たちは無事に酒のツマミになった。
この最後の一匹は程なく死んでしまったが、だてに少しでも飼っていたもんだから食べることなどやはり出来ず、アパートの前の駐車場の土に埋めて念仏をあげた。
活け作り。夫はその後食べる機会はあっただろうか。
小さい魚を「俺にはこれを飲むなんてそんなことできない」と言って怖れるように見つめた夫。
この人は優しい人だなあと思ったのでした。

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